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+感想+

 足下を照らす明かりのような学園

 長い間、光の見えない、不登校というくらいトンネルの中を、娘とふたり歩いていました。 そんなとき、ご縁があり、この学園に入学することができました。

 そして先生方の暖かいご指導の元で親子共々、へこんでいた心が癒され励まさせました。 ある日5年間苦しみ続けた娘の辛い体の症状が消えてゆき、段々と元気が戻ってきました。すると、学園にも嘘の様に毎日登校するようになり、今でとても楽しそうです。こんな日がやってくるなんて本当に夢のようです。

 でも、その道程は消して順調とはいえませんでした。幾多の山をこえ、谷を超え、それでも先が一向に見えてこない娘の将来を思うと、心配と不安で、時にはいらいらしたり、焦ったりの日々でした。

 でも、そんな中で助けとなったのは、この学園に通う生徒さんたちの存在でした。それは、どの子どもたちも見な、心根が優しく、また、相手に対する思いやりの心を持っていたということです。その然り気のない友情に支えられ、傷ついた娘の心が、いつの間にか、ほぐれていたのだと思います。

 長く 続いた苦しみから解放された現在、本当に諦めずにいてよかった。と、つくづく思いました。そして、人として、親として、未熟でした私共親はこの学園と娘によって成長させていただいたと心より感謝しております。

 

H15.10.9 A子の母


 顔は笑って心はいつもハリケーン

 普通の学生生活を送っている子供の親には、私たち親子の日々の葛藤は計り知れないと思う。やってもないことを面白おかしく話す始末におえない人たち・・・。私は子供の人権を汚す事が許せないと同時に、腹立ちも覚えたが私たちに非はない事で我慢もした。学校を変わると言う事は、かなりのエネルギーを必要とするし、忍耐の何者でもないのだ。そして子供と学校見学からの振り出しで今の学校にチャレンジしたのである。暫くするとプチ家出をした。その時家族で子供を叱った。手がイタイより心が痛かったしどうしようもない気持ちが込み上げてきた。でも何ヶ月かは平穏無事の生活が続いたがまたもや、同じパターンになりそうだったが心配するに至らなかった。今も晴れの日もあれば、嵐の日もあるが前向きな考えで生活できるようになって来た。

 今言えるのは思春期の子供はとても敏感で感情が豊かで自分たちの事は自分たちで解決しようとして(親に迷惑をかけまい)しくじってしまう。親は今までの経験を生かし自分なりのレールに乗り出した。そうする事で子供は自立が出来るからである。親は子供が自分の意思で行動しているのを、何時も見守っていてこそ子供は自分らしく生きる又それは個人の責任行動=大人への見習い期間でもあるに等しいと思うことが出来るようになった。

 最後に私のように悩んでいる方がいらしたら一緒に和に入って、悩みを語りませんか?子供の個性はとても大事ですし、とても素晴らしい事でしょう。私も悩みつつの日々ですが人生は苦があれば楽もありだから尊いのではありませんか?なかなか言えない玉手箱をお話できたら良いですね

悩める母親


 年ほど前に長男が不登校になってしまった経験をもつ一人の母親です

 今、ここにいらしてる親御さんとは、同じ悩みを持つ者同士という連帯感みたいなものを感じます。  私みたいなものがこのように人前で話をするということは、正直なところ、大変なプレッシャーです。  今も心臓がバクバクの状態ですが、このお話をいただいたときに、それほど迷うことなくお引き受けしたのは、大変お世話になった学園と、親と一緒になって子どものことを親身になって心配し、いろいろと手を尽くしてくださった先生方に何らかの形でお礼ができればという思いからです。 慣れないことですので下書きを見ながらになることをお許しください。

 まず、3年前に高校2年になったばかりの長男が急に学校に行かなくなってしまったことからお話します。 1年生の時は楽しいと言って通っていた学校でしたが、行かなくなったというよりは行けなくなってしまったというのが本当の所かもしれません。 新学期が始まってまもなくのことでした。 「今日で3日も欠席していますが何かあったのでしょうか」という電話を担任の先生からいただいたのですが、 エッ、何を言っているのかという感じで 『うちの子がですか?』 と聞き返してしまったくらいでした。 毎朝、普段と変わらずに家を出ていたので登校しているとばかり思っていたものですから当然のことです。 後から子どもは、座席が一番前となり、後ろからのクラスメイトの視線が異常に強く感じたというようなことを言ってました。 言葉にすると 「クラスになじめない」 という一言になってしまったようですが・・・。

 それから親子の葛藤がはじまりました。 初めは訳がわからずサボっているとしか思えなかったので、「何してるの?学校へ行きなさい!」「何で休むの」「しっかりしなさい」 などなど次から次へと言葉を浴びせ続け、 時には罵るような形で仕事に向かったことも何度かありました。 今思えば子どもにとってはかなり辛かったと思います。

 担任の先生と最初は電話でのやり取りだったのですが、なかなか時間のかかることだったので、何度か学校に足をはこび相談にのってもらいました。 子どもが通うべき学校に何でこんなに親が来なくてはいけないのか?という気持ちもどこかにありました。   ただ、このままじゃいけない! その頃の子どもの顔からは表情が消えかけていたのも事実だったのです。 どうにか子どもが今までと同じように通えるようになってほしいという気持ちが強かったのでそうするしかなかったのです。 学校側からも課題補修をして留年しないようにと考えてくれていたのですが、欠席日数が多くなるにつれて、だんだんそれも難しい状況になっていきました。   海外への修学旅行も当日までどちらになっても対処できるようにしておきますからとの配慮をいただき、日本から離れて広大な景色を見たりすれば人間のちっぽけな存在を感じ、今悩んでることからも抜け出せるきっかけになればいいなと、子どもの気持ちが行く方向に向いてくれることをとても期待していました。しかし、それはかないませんでした。

 また、どこかもっと専門的に相談にのってくれるところがある筈と友人から言われ、県の教育センターにも何度か行ってカウセリングを親子別々に受けたりもしました。

 そのうち、学校に通えないばかりでなく家に引きこもってしまうのではないかという不安が頭を持ち上げてきました。 幸い、長男には中学のときから仲良くしていた2人の友達と連絡をとって会っていたことと担任の先生からのアドバイスがありバイトをするようになっていたのでその心配は少し離れていきました。

 2学期になっても通う気配はなく、でも時間は待ってくれず、途方にくれました。 そんな時、新聞に小さく通信制高校の説明会の記事があり、やはり不登校の子を持つ友人から 「こんなのがあったけど行って見たら?」その切抜きをもらい、子どもと二人で説明会に出かけました。   当時、私の考えは友達と同じ時期に卒業を迎え、出来れば履歴書に退学の文字を残さずに済めばと思っていたので、留年なしで今から転校すればまだ予定通りの時期に卒業を迎えることができる。 『間に合う!』 『やった、ここなら!』 と、少し道が開けてきました。 ところが、本人は今ひとつ乗り気でない状態でした。 以前の高校ではもう一度二年生をやりなおすか退学しか選択肢は残されていなっかたのですから 親としては当然飛びつくかのように手続きをしようと、以前の学校に転校したい旨を伝えに行きました。 実はそこで偶然にも浦和高等学園のパンフレットを 「こういった学校もありますが・・・」 と担任の先生から渡されたのです。 家に帰って子どもに読んでいるうち、子どもが自分で手にとって読み始めていました。 そして 『此処なら通えるかも』 の一言が聞けたのです。    もう涙が出てくるくらい嬉しい一言でした。

 今度はこの浦和高等学園に説明を聞きにやはり二人で行き、すぐに、翌日から通うこととなったのです。 でも、実際にはそう簡単な事ではありませんでした。 「明日から通います」と言っていたのに、登校しなかった、いいえ出来なかったのです。 それも約2ヶ月も。 いくら親が言ってもだめでした。   何で?自分から通えそうだといったはずの学校なのに?  また、逆戻りしてしまう、不安でいっぱいでした。 『やっと、この学校にたどり着いたのに』と思う毎日でした。
 これ以上一体親は何をすればよいのか、迷いましたがどうすることもできないまま時間だけは経っていきます。 もちろん焦りもでてきました。 その間も学園からは何度も携帯にメールで連絡をもらっていました。 「今日も登校していません。 登校するように伝えてください、もしよろしければご自宅まで迎えに伺います」 とまで言ってくれていたのですが、本人が行かない以上どうすればいいのか、『今更親が行きなさいと言って通えるぐらいならこんなに苦労してないわよ』 って気持ちでした。 ですから返事はいつも 「もう少し待ってください、話はしています。 本人の意思を尊重したいので。」 といったことでした。 しかし、ここでもまた出席日数が引っ掛かってきてしまったのです。 

 そんな時、学園で親を対象に開いていたペアレンティングサロンの知らせをいただいて、同じ悩みを持つお母さん方と話をすることができました。 私以上に長い間悩み続けている方たちだったので、自分だけじゃない、うちの子も通えるようになる。 と思えたひと時でした。 その日同時に学園からは自宅に子どもを迎えに行ってくれていました。 もちろん事前に親の承諾を得てのことです。 ペアレンティングサロンが終わって帰るころには、長男の姿が学校にありました。 先生が連れてきたのではなく、本人の意思で学校に来るのが大切との考えのもと、説得をしたうえで、本人が支度をし家を出て、駅に向かうまでを見届けて別々に学園に向かうという形でした。 学園にいる長男を見たときはすごく嬉しかったのをおぼえています。

 学園と親との連絡は主にメールが多かったのですが、もちろん電話をいただくこともありました。 親から相談したいときには快く時間を作ってくれて、相談もアッと言う間に1時間は過ぎているといったように温かみを感じる学園です。 更に手紙で相談をしたこともあります。 とにかくきめ細やかな気遣いをしていただける学園なのです。 メールでは親自身も随分励まされました。どうしても落ち込んでしまうような時には「一緒にがんばりましょう」とか「親や教師がめげてはいられません」と、言っていただき、ひとつ良い結果がでると「お母様の辛抱強い支えがあったからですね」という具合に本当に心強いものを常に感じていました。 出席日数が足らない時には補講をしていただくのですが先生と生徒が1対1で、一人の生徒のためにだけ学校に来てくれるという、親としても何が何でも登校させなくてはと、なかなか起きてこない子どもを起こした覚えがあります。

 時には厳しいなと感じることもありました。 今、子どもは専門学校に通っていますが、受験の手続きをしようとしたところ、学園からの推薦をもらえませんでした。  決して優等生ではなかったし、なんといっても出席率が悪く、遅刻は当たり前の生活だったので無理もありません。 しかし、もらえないをわかったときに子どもは学園でもおもしろくなくそれを態度に出し、自宅に帰ってからも自分の部屋の中でものを投げつけるという態度をとっていました。 正直何があったのか本人に聞くこともできません。 というのも、 実はこの時期には以前の状態に戻ってほしくないとの気持ちから親が子どもに気を遣い、怒らせないようにする変な癖がついていました。    朝は何ともなかったわけですから、学園で何かあったのかと、先生にメールをいれると、すぐに折り返し電話がかかってきていきさつを聞くことができました。 なるほどと思いつつも困ったなというのも正直なところでした。 推薦がもらえなければ専門学校に入学するのは一般試験しかなく、学力的には難しいのではと考えていたのです。  親としても本当は推薦が欲しかったのです。  何日かたったときに学園で三者面談をすることになっても本人は顔を出さず、親と学園との二者面談となりました。 その時には、親としても欲しかった推薦でしたが、本人がこの態度ではもらえなくても当然なんだと考えが変わってきました。 そこで、「このままでしたら推薦はいりません」 と断言してしまいました。 推薦をいただいても学園にも迷惑をかけることに成りかねないし、もらえたことによって世間を甘く見てしまいそうなのがかえって怖く思え、子どもの為にもならないと考えたからです。 ただ、それがかえって良かったのです。 子どももこの事が何か考えることのきっかけになったようでそのあとの態度が変わっていき、ぎりぎり推薦をもらうことができました。


 おかげで今は専門学校に通うようになってそろそろ一年が経とうとしていますが、風邪や体調不良で3,4日休んだほかは遅刻もなく通っています。 当時からは信じられないことです。 最初は普通の人が当たり前としてできている毎日登校すること自体が大変だったと思いますが、気持ちが変わってくれたことで続けていられるのかなと思います。 親としてはまだまだ不安がすっかり消えたわけではありません。 でも最近の子どもの顔つきが変わってきたと周りの人や、学園の先生方から言っていただけることで安心につながっているのも事実です。 つい最近先生から聞いたことですが、子どもも「最初から推薦をもらわなかったことが良かった」と言っていると聞いて嬉しく思った次第です。

 今でも、子どもは学校の帰りに学園に時々顔をだしています。 一緒に学園生活を送った後輩たちや先生方と会えることが楽しいようです。  体育の授業の一環だから行きなさいと始まったスノーボードですが今では滑れるようになってきたのでますます楽しくなり、今年も生徒さんと一緒に参加させてもらっているような状態です。 スノーボードのほかにもいろいろな特別授業があり、ボランティア活動や、シェフを招いての料理実習、和太鼓の体験などなど、なかなか個人では体験できないようなことにも参加することができるのも魅力なのかなと思います。 

 最後になりますが、一時はうつむいていることが多く、声を上げて笑うこともなくなっていた子どもが今では大きな声で笑い、毎日元気に登校している姿を見て「人って変われるものだな」と感じています。 同時に子どもを通じて親の考え方も変わってきました。 以前の私は、不登校と聞いても、まずは他人事であり、どうしてそうなるのか、親の育て方が間違っていたのかと、知らないが故にそう思っていたところもありました。

 でも、今は全く違います。こんな未熟者ながらも少しは人の痛みがわかり、やさしさを素直に受け入れられるようになりました。 子ども自身にとってもこの経験は横に逸れた訳でも何でもなく、通るべき道であったのだと思います。 おかげで、世間を見る目も変わったであろうし、人の痛みをわかってあげられる人間に一歩近づいてくれたのではないかと親ばかな視点から見ているこのごろです。

星槎国際高等学校技能連携校
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