学校の特徴

『明けない夜などありません!』出口の見えないトンネルからの光

在校生

「先生方への感謝の言葉」
在校生保護者(中等部より在籍)

photo一学年の二学期に入って十一月のことです。
その日は部活のことで注意を受けて帰宅したのですが、非常に怒っていました。
中学校に入って今思い起こせば、環境が変わって戸惑っていたんだと思います。 その日を境に学校へ行かなくなり、ベッドから起きてこない状態になりました。 心療内科に連れて行ったのですがどうしたらいいものかと悩んでいました。

そのときにある雑誌にのっていた浦和高等学園へ電話をしました。 一度どのような学校かと思い、見学に行ったのですが、先生がこれまでのことを丁寧に聞いてくれたので、自分としては胸のつっかえがとれ、ペアレントサロンに一度いかがですか?と誘われ参加をしました。 ペアレントサロンへ参加し、私一人ではなく皆も同じ悩みを抱えているんだと思ったとたんに救われた気持ちでした。

先生方のアドバイスもあり、半年後には週5日も通えるようになり、お友達も出来、毎日学校に行くのが楽しいといってくれたときは親として本当に嬉しかったのを覚えています。お友達や先生に支えられて日々成長していく姿はこれまでとは見違えるものがあります。ここまで成長してこれたのも学校の先生やお友達のおかげであり、非常に感謝をしております。これからは自分自身がしたいことを見つけて大人になって欲しいとおもいます。

高等部の三年間が私の子にとってかけがえのない時間であり、本当にいい三年間だったと思い起こしたときに思えればいいと思います。色んな体験や経験、勉強を通じて成長し、人間としても幅のある、思いやりのある人に成長して欲しいと思います。
これからも宜しくお願い致します。

卒業生

「少しずつ自分を見つけることができた」
2010年3月卒業生保護者

photo息子には、中学校在学中の頃から高校進学への不安がありました。学校での学習意欲や集団生活の協調性が薄れ始めていたからです。
その中で息子は息子で苦しみ、私も学校側と息子・家族の顔色を伺いながらも時が過ぎ、公立高校入学を迎えた3年前でした。 案の定、数か月で「高校を中退したい」と本人の意思を聞き、目の前が真っ暗になりましたが主人とも相談をし、息子にあった高校を探し始め、浦和高等学園を選びました。始めて親子で浦和高等学園を訪れた時の事がつい昨日のように思い出されます。

いままで在学していた高校のイメージとは異なり、アットホームな環境の中先生方の対応が親切で学園長の笑顔と説明が、大変穏やかでした。生徒は少人数でしたが、伸び伸びと学んでおり、何より息子の親が安心していた気がし、ホッとなり、この学校にお世話になろうと親子共に決めたのでした。

その後、学園在学2年6カ月、息子は紆余曲折しながら成長をしました。
大好きな運動では活躍し、学園祭では皆と生ライブをやったり、先生方や仲間に支えられ、少しずつ自分を見つける事ができたようです。そして、私自身も、先生方や父兄の方々から、たくさんのアドバイスを頂き、コミュニケーションを取り続け、支えられ、何より、理事長は、親としての心構えを語ってくださいました。 その事で息子の気持ちを理解しようと会話も積極的に出来るようになっていました。

浦和高等学園には、臨床心理士の先生が勤務しており、一人ひとり面談をし、潜在能力を引き出してくださり、決してあきらめませんでした。お陰で息子も、さまざまな事に気づき勇気や希望を抱けるようになったのでしょう。

そして、この春無事卒業を控え、大学進学まで決まりました。
もし、2年6カ月前、浦和高等学園に転入出来ていなかったら、息子は中学卒業のまま一生を過ごし、進む将来の選択も友人も限られてしまっていたかもしれません。
改めて、この学校に在学出来た事を心より感謝申し上げます。

三月の卒業式は感無量の心境でした。
2013年3月卒業生保護者

photoこの日を迎えられたのは、浦和高等学園の先生方の辛抱強く応援をしてくれたおかげだと感謝しています。
 私立の進学校へ入学し、そのまま安心した生活が続くものだと信じていた一年の秋、すべてに疲れはててしまった息子を見て、私たち親もどうしたものかと道が見つからずもがいていました。そんな時に、URAZONOと出会う事ができ、息子もこの学園の雰囲気が気に入り転校しましま。この学園へ来て生徒と先生、また生徒の中でも同学年だけでなく先輩と後輩の繋がりが深く、転校したばかりの戸惑いも、みんなが気にかけてくれてすぐに馴染む事ができたと言っていました。そして前の学校にいたころとは比べ物にならないほど、心に余裕を持つ事ができたようです。URAZONOでは、臨海学校・文化祭・スノーボード合宿その他にもたくさんの課外活動があり、その度に少しづついろいろな事を学び成長できたのだと思います。進学についても、先輩からの親身な助言と、先生方のバックアップのおかげで一般受験を突破でき、4月から大学生となりました。親は見守る事しかできませんが、URAZONOでは、カウンセラーの先生に相談できたり、毎月1回のペアレントサロンでは同じ悩みを抱えた保護者同士の話す場があり、心のよりどころでした。
 URAZONOでは、自分らしく、自らの力で立ち上がり、笑顔と元気を取り戻していただきました。本当にありがとうございました。

「同じ悩みを持つお母さんへ」
2011年3月卒業生保護者

photo娘は高校一年生の二月頃から学校へいけなくなり、五月から浦和高等学園に転校し、昨年の三月に卒業いたしました。 不登校は先が見えないことに加えて、何をどうしたらいいのか分からず、母親である私は悩み、苦しい日々が続きました。 今娘が再び自分の意思で歩き始めた過程を親の目から振返ることで同じ悩みをお持ちの保護者の方のお役に立てればと思います。

(1)経緯
娘は小さい頃から親の言うことを良く聞く手の掛からない子でした。
幼稚園の頃から集団行動は嫌いで明るくのびのびとした子供達とは違う一種の違和感を持っていたことは確かです。 小学校時代は二回の転校があったにもかかわらず、ごく普通に通学していましたが、中学校の二年生頃から学校生活がかなりつまらないものになっていたようです。 給食を食べない、保健室で寝ている、心の相談室の先生に相談しに行く・・・・たくさんの兆候が出始めていました。 それでも進学を考えてか、学校にはしぶしぶ通っていましたが何が辛いのか親には理解できず、高校に行けば環境も変わるし大丈夫ではないかと思っていました。 しかし高校は進学重視の学校で本人の想い描いていた高校生活とは異なっていたのか次第に登校が困難になり、退学をせざるを得ない状況でした。

(2)浦和高等学園への転校
娘の将来を考えると絶望的になり、奈落の底に突き落とされた感じがしました。 そのとき、知り合いの方の紹介で「藁をも掴む気持ち」で学園を訪れ、私の話を理事長先生、学園長先生に聞いていただきました。
「親の敷いたレールから一旦本人を下ろして休ませなさい。本人に期待し、重くのしかかるのを止めなさい。」(理事長先生)
「子供は心の傷を受け、重い何かを抱えているので心を解放し、人間性の回復を図らなければいけない。親はうろたえることなく、子供を信頼し、愛情を持ってゆったりとした接し方をしてあげて欲しい。」(学園長先生)

娘は親がしいたレールの上を懸命に走ってきたのは確かでした。
今考えるとそのレールは、親の思う幸せや理想に繋がっているもので本人の意思ではなかったのだと思います。 この頃主人が「学園に転校して精神的に休ませて、元気になってから先のことは考えればいい、少しずつでも集団生活が送れるようになるために学校に在籍していることは大切だよ」と言っていたのを思い出します。 親自身が変わることは難しいですが、子供達の心に寄り添うという意味で自分自身の心の凝り固まったところを和らげ、子供に接することが大切なのではないかと思います。 そして子供を決して諦めないということです。「明けない夜はないですよ。」という理事長先生の言葉が遠くに思えた時期もありましたが、諦めずに接することで非常に大切な何かを手に入れることが出来ました。


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